交流会の紹介
当教会には壮年会・婦人会・青年会という3つの交流会があります。壮年会は壮年男子、婦人会は壮年女子、青年会は青年層男女の交流会です。活動内容は各会により異なりますが、聖書の学び・教会内外への奉仕や交わりなど、年度ごとの計画に沿って楽しく豊かに活動しています!
各会への所属はもちろん必須ではありません。礼拝に出れば十分とお考えの方もおられるかと思います。ただ、教会内での交わりや相互の祈り合い、同年代の兄弟姉妹との学びは、教会生活を一段と豊かにします。また、新しく教会に来られた方を歓迎すること、地域の方に向けた開かれた教会づくりを計画することも、各会の大切な仕事です。
もちろん洗礼を受けていない方もご参加いただけます。ぜひお声がけください!
関係幼稚園について
相愛教会にはふたつの関係幼稚園があります。
ひとつは相愛教会の前身となった「武蔵野相愛幼稚園」。吉祥寺南町にある、キリスト教の教えに沿った幼稚園です。1935年、白石多幸・トク牧師夫妻によって創立され、2026年現在で90年を数えます。この幼稚園で守られていた礼拝が発展し、1950年三鷹の地に相愛教会を建てるに至りました。現在も相愛教会教会学校の分校としての礼拝が守られている他、相互の交流が豊かに与えられています。
もうひとつは三鷹市牟礼にある「三鷹小鳩幼稚園」です。当教会の教会員であった方が信仰によって幼児教育を志し、相愛教会の初代牧師である及川泰夫牧師とその夫人で元園長である及川美穂子氏とともに1956年に開園しました。キリスト教の精神に基づいた園舎は地域にも開かれ、教会学校本校の子どもたちの多くがこの幼稚園を卒園しています。
ふたつの幼稚園に恵まれ、教会学校の礼拝は子どもたちの元気な歌声が溢れます。
・学校法人相愛学園 武蔵野相愛幼稚園(幼稚園HPリンクへ移動します)
・学校法人恵愛学園 三鷹小鳩幼稚園(幼稚園HPリンクへ移動します)
所属教団について
- 所属教団の「日本キリスト教団(日本基督教団)」とは、どんな団体ですか?
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一般に「プロテスタント」といわれる教団です。
1941年、当時の日本政府の宗教団体法により日本のプロテスタント33教派が「合同」し誕生、戦後改めて(戦時中の教会の在り方を反省し)合同教会として目的を一つに再結成・再出発した団体です。『日本における福音主義のキリスト教は、1859(安政6)年に渡来した外国宣教師の宣教にその端を発し、1872(明治5)年2月2日(旧暦)横浜に最初の教会として,日本基督公会が設立されました。この教会は外国のいずれの教派にも所属しない超教派的な教会でしたが、その後欧米教会諸派が移植、その宣教が国内全般に発展するにともなって、教派の数も増加するようになりました。これと共に他方各派の間にしばしば合同の議論が生じ、海外における教会合同運動の刺激もあって、ついに全福音主義教会合同の機が熟するに至り、たまたま宗教団体法の実施せられるに際し、1940(昭和15)年10月17日東京に開かれた全国信徒大会で、教会合同を宣言するに至りました。これに基づいて30余派の福音主義教会が、翌1941(昭和16)年6月24日および25日の両日富士見町教会にて開かれた創立総会において、次のような教義の大要のもとに合同を実現し、本教団は成立しました。
「イエス・キリストに由りて啓示せられ聖書に於て証(あかし)せられる父、子、御霊なる三位(み)一体の神は世の罪と其の救の為め人となり死にて甦(よみが)へり給へる御子の贖(あがなひ)に因り信ずる者の罪を赦(ゆる)して之を義とし之を潔(きよ)め永遠(とこしへ)の生命(いのち)を与へ給ふ
教会はキリストの体(からだ)にして恩寵(ちょう)に依りて召されたる者礼拝を守り福音を宣(のべ)伝へ聖礼典を行ひ主の来り給ふを待ち望むものなり」
その後、宗教団体法の廃止にともない教団機構に改正の議が起り、1946(昭和21)年10月16日新たに教憲を制定して自主的に公同教会となりました。』
(日本基督教団公式サイトより、一部抜粋・編集)
日本キリスト教団ホームページはこちら
- 他の教派・教団とはどのような違いがあるのですか?
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プロテスタントの中にもたくさんの流れがあり、日本キリスト教団はその中でも福音主義という教派になります。(下記「日本のプロテスタント教派一覧」参照)
また、世界全体のキリスト教諸教派は下記のようになっています。この中の聖公会の流れに含まれます。
「主の祈り」と「使徒信条」
主の祈り
「主の祈り」とはイエス・キリストが教えてくださった祈りです。
主の祈り(クリックして開く)
天にまします我らの父よ
ねがわくは 御名をあがめさせたまえ
御国を来らせたまえ
御心の天になるごとく
地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ
我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく
我らの罪をもゆるしたまえ
我らをこころみにあわせず
悪より救いいだしたまえ
国とちからと栄えとは
限りなくなんじのものなればなり
アーメン
使徒信条
「使徒信条」とは「私たちはこのように信じています」という信仰告白です。
使徒信条(クリックして開く)
我らは信じかつ告白す。 旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証し、福音の真理を示し、教会の拠るべき唯一の聖典なり。 されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言にして、信仰と生活との誤りなき規範なり。 主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は、父・子・聖霊なる、三位一体の神にていましたまふ。御子は我ら罪人の救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己を全き犠牲として神にささげ、我らの贖となりたまへり。 神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪を赦して義としたまふ。この変らざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔めて義の果を結ばしめ、その御業を成就したまふ。 教会は主キリストの体にして、恵みにより召されたる者の集なり。教会は公の礼拝を守り、福音を正しく宣べ伝へ、バプテスマと主の晩餐との聖礼典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来りたまふを待ち望む。 我らはかく信じ、代々の聖徒と共に、使徒信条を告白す。我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。
(1954年10月26日第8回教団総会制定) (1967年7月6日第4回常議員会においてふりがな確定) 日本基督教団HPより、原文のまま